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アラスカ・マッキンリー(20,320フィート/6,194m)での気象調査登山を終えたこの7月初め、現地の知人と登山隊員男ばかり総勢8人(ヨシ、サイトー、ヤマナシ、カワウラ、キノシタ、オサム、ヒデキ、タイチョー)で、慰労の旅?として、フェアバンクス郊外の温泉に出かけることにした。温泉と聞けば、居ても立ってもいられない性分の、われら高年元気団は目の色が変わる(隊員の半数以上は高年域に踏み込んでいる)。
郊外といってもアラスカのこと、距離感覚は日本の比ではない。北西に150㎞(約2時間強)車を走らせて、降り立った原野を下って、山を登り・・・目的地まで片道20㎞、往復40㎞を歩くというのだ。マッキンリーで相当厳しくしごかれたあと・・またか。ウ~・・・と思ったが、これしきのことでめげていては、男がすたるのである。マッキンリー20回登山を成した私としては、平気を装っての痩せ我慢の「行くゾー」である
聞くところによると、歩くところは単にラフな登山道ではないらしい。じゃあいったい・・・・。湿地帯の通過だという。数メートル、または数百メートル、数キロと人によって言うことが違う。あとで判明するのだが、行ったことのある人は、それぞれ季節が異なっていたのだ。真夏それも7月に入ってから出かけたことのある人はほとんど居なかった。湿地に一番水が溜まる季節だからだ。ちなみに温泉オタクが一番集まるときは秋から冬だそうだ。紅葉を愛でてスキーを履けば平気、時間も短縮できる。温泉の施設はログキャビン1,バンガロー数棟と三つの露天風呂?のみと聞く。キオスクもコンビニもない。山の中のその又山の中、日本のような営業小屋もなし湯治場より条件は悪い。
実際、湿地は3キロほど続いた・・・とんでもない路だった。でもお湯は本当に良かった。背中が大喜び・・・・。
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第1日目はマーケットで食糧、飲みもの、お酒、モスキートキャップ(メッシュ)と虫除けスプレーにクマ撃退スプレー等を買い込み、いざ出発。ゆっくり出たので、エリオットハイウエイの最高点2000フィート(610m)あたりにあるトレイルの入り口に着いたのは、正午を回っていた。トレイルにはヨーロッパや日本のような標示板などない。ここからどうぞという入り口の表示があるのみ、あとはなにもない。ルートも不明瞭で判然としない。
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ただ、凍土の原野、さすがに蚊の襲来には凄いものがある。ステートバード(蚊は州の鳥と揶揄される)と呼ばれるほど大きく、土産物屋にはトラばさみならぬ蚊ばさみが冗談!で売っているくらいだから、その数には悩まされる。こんなに居ると動物の血を吸える蚊はほんの一握りということになり、気の毒な蚊がほとんどと言うことになる。なぜか同情的になったりした。とりあえずクマより切実である。
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最初はどんどんと下る。山道は乾いていればそれとわかるが、湿地は何処をどう歩いたらよいか、分け入るともうわからない。歩き始めて数百メートルで、古いクマの糞とムースの大きな蹄の跡に出くわした。水たまりが所々に現れ、非常に歩きづらい。みんな人のことはお構いなしにズンズンと行ってしまう。日本の中高年はどうも仕事指向人間で成果主義、だらだらと不真面目な、行き当たりバッ旅はしないのである。状況を掴んだら即、自分のペースを当てはめて、休憩を入れて7時間余りで目的地という計算ができあがる。路が歩き辛いことも条件に入っている。脳からの指令を受けた筋肉は機械のように動き出す。そう言うのが苦手な私は、しんがりをブツブツいいながら「待ってくれー」・・・。
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下り切るとルート上最低地点の800フィート(244m)の高度にある広く平らな湿原にでる。一瞬方向感覚が薄れる。深めの雑草と低灌木だけの路なのに、前を歩く者は数10メートル離れるだけで、視界から消える。余り距離を置くと少々不安が襲ってくる。分水嶺も複雑でこのあたりを源とするブルックスクリークは南西から北東に20キロ流れ、東に回り込んで、南西に向かって流れを持つトロバナ川最上流に合流する。目的の温泉はクリークが回り込んだ先、トロバナ川右岸に位置する。温泉の名前もトロバナという。クリークにはさまれた島のような山が温泉山と名前がついたトロバナホットスプリングスドーム(2,386フィート約730m)だ。その山裾を越えなければならない
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足もとはトレッキングシューズ、ただのズック、トレイルシューズとまちまち・・・田植えゴム長、渓流シューズ、地下足袋という日本の水系を歩くための装備は誰一人持ち合わせがない。濡らさないように飛び石に乾いたところに跳ぶが、泥にはまるともう破れかぶれ、ばしゃばしゃと真ん中を歩き始める。アラスカ・コットン(ワタスゲ)の群生する路は、端から見ると美しい風景なのだが、終いには憎たらしくなる。ワタスゲが生えているということはほとんど水溜まり、泥の道だからだ。
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しばらくして丘を登る。周辺にはシラカバや、マツ、モミ、ツガの木が、山火事に遭ったらしく黒こげで佇む。立派なトウヒやモミの林と細い低灌木が順番に現れ、時々群生するファイヤーウイドー(ヤナギラン)のピンクがかった薄紫に目を奪われる。カケスなのか?少し大型の鳥が時折目前を横切る。足下にはローズマリー、ツンドラローズ、わすれな草、地衣類、色鮮やかな苔がパッチワークのようだ。
1724フィート(526m)の丘に上がると、西南西遙かにタナナ集落が望める。ユーコン川とタナナ川の合流点にある。大河なのか川なのか、湖なのか沼なのか至る所が光って、何とも複雑な地形だ。ツンドラには氷河地形特有の生物の繁殖、円錐形の丘陵、クリークそして氷河湖、湖沼は300万もあるといわれる。300フィートほどの登り下りを繰り返してホットスプリングスドームの裾を横切る。高度2,000フィートから、やっとトロバナ川が眺められた。氷河期の痕跡を残す夥しい数の氷河湖、湖沼を従えた堂々たる川だ。250キロ程南西に流れを持ってタナナ川に合わさり、すぐに大河ユーコンと合流する。ぐるり河に囲まれた頂稜からの眺めは、本当に島から海を眺める思いだった。永遠の営みを繰り返す大自然の風景は飽きない。
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ムースのあわれな死骸に遭遇した。どんな目に遭ったのだろう。下っていくと眼下に赤茶けた屋根が点となって見えてきた。目的のキャビンだ。我々はグリズリーにだけは遭わないようにと祈りながら、一目散になだれ込んだ。キャビンはログではなく板壁の簡易小屋だった。標高は1,200フィート(350m)ほど、湯殿?はそこにはなく5分ほど沢を上がったところにあるという。宿泊は一人15$をオーナーに事前に振り込む。今回は我々だけの貸し切りで気分が良い。入り口に打ち付けた板の釘を抜いて中に入る。小屋番はいないけれどキッチンに居間、6人のベッドルーム、想像以上に整っていた。プロパンのシリンダーにガスレンジ、そしてガスランプが使える。水だけは近くの湧水を汲んで沸かして使う。現地の者は生水に絶対口を付けない。ビーバー熱にやられる恐れがあるからだ。2人用のバンガローも2~3森の中に点在する。
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ひと落ち着きしてから皆で湯殿に向かった。ヨレヨレと上流に歩くと下から順に、丸型中プラスチック桶、そして長方形の日本式木の風呂、奧に丸型大プラスチック桶・・・、すべて露天だ。「うおー」と歓喜の声が沸く。お湯ばかりに目が向いて大自然にいることを忘れていた。クマ除けの鈴もスプレーもさっぱり頭に無かった。幸いにも出なかったが、よく考えると怖いことだ。そんなこともお構いなしに、タオル一枚で飛び込む。源泉は70~80度はある単純アルカリ泉みたいだ。何ヶ月も入浴者のない浴槽にはものすごい形相の藻が繁殖し、掻い出すのにひと苦労だったが、「何ともいい湯だな~」で一泊帰りを大いに後悔した。
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うつらうつらしながら今度来るときを想像した。冬に来たら星空にオーロラと、嬉しくなるだろうな。装備や食糧をあれこれとめぐらせる・・・。今度はレインディア(カリブー/トナカイ)の肉にサーモン・・・。
夕食はビールの乾杯で始まり、バーボンにスコッチを煽り、ヨシが焼いてくれたムース肉のステーキにかぶりつく。ニコニコ顔で無言、旨い物を喰うとき会話は止まる。ベーグルにスープと次々に胃袋に収まった。「また来よう、な!」「誰連れて?」「オ、ホ・ホ・・ホ・・・」「やはり冬がいい、冬が・・・」ほろ酔いで至福の時を過ごした。夜の冷え込みは思ったほどではなく皆ぐっすり、次は何処の山へ・・・夢の山行は続く。
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翌朝、タイチョウこと私は早めに起きて日本式湯船の掃除に行く。一面に分厚く蔓延っていた苔のような藻をすべて掻い出し、ブラシでゴシゴシ、さっぱりしたところで新しい湯を入れ、充分に浸かってひと眠りした。朝食も私が調理をかってでる。ハリバット(オヒョウ)のバター焼きにハム、チーズのベーグル、コーヒーと紅茶。これからまた20キロを歩いて引き返すなんてうんざりだが、誰も愚痴ひとつこぼさず食事を楽しんでいる。あまりゆっくりもしていられないが、おじさん達は白夜なので全く気にしていない。たいしたオヤジどもである。
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テラスにでて深呼吸すると、そよと風が頬をなでた。太陽はすでに高く輝いていた。